Episode 6 Tea Party


「「それでは両名は指輪の交換を!!」」
 ……ベアトは戦人の手を取り、………片翼の鷲の紋章の指輪を差し出す。

「………いいのか…。」
「領主は、すでにあなたです。……ですからこの指輪は、戦人さんのものです。」

「……本当にいいのか。……これは、お前が生み出した世界、……そして物語。」

「はい。………あなたと一緒になりたくて、生み出した物語。……だから、もうこの世界の目的は果たされました。……だからこれからは、……あなたが紡いで下さい。……私とあなたの、これからの物語を。」

「……………………………。」

「……ってンじゃ勝手が狂うかァ? くっくくくく、領主の面倒臭い仕事を押し付けるだけよ。夫人は威張るだけでいいから実に気楽なことだ…!」

「妾は日々を遊んで、そなたが新しい物語を書くのを待てばいい。そして、新しい物語の度に、そなたのために、どんな役でもこなそうぞ。………凶悪な魔女でも、好敵手でも。……恋人でも、……妻でも。」
「俺の物語は激しいぞ。朝から晩まで大忙しだ。」
「うむ………。望むところよ…。」
 ベアトの手より、領主の指輪が譲られる……。
 戦人からは、銀で作った、領主夫人のみに許される紋章の指輪が。

 そして、指輪が交換され、……二人の婚儀が、完遂される。
 そして二人は振り返り、……満場の来賓たちに向かい、互いの指輪を高々と掲げた。

 万雷の拍手がそれを讃えた……。

「今宵の慶事を記念し、領主陛下より叙勲が与えられます。」
「呼ばれたる者は前へ。」

 戦人が頷くと、ベアトが最初の叙勲者の名を呼ぶ。

「………嘉音。前へ。」
「か、嘉音くん…?!」
 参列者の人垣を掻き分け、……山羊の少女が仮面を取って叫ぶ。
 戦人たちの前に、黄金蝶の群が集い、……高貴なる人の前に跪く姿の、嘉音を形作る。

 嘉音はすでに死に、消え去っている。
 ……しかし、黄金郷では、全ての死者は蘇る。
「嘉音、ここに……。」

「そなたは、捕らわれの身となっていた我が夫の危機に対し、これを救出し、永遠の牢獄に自ら残るという自己犠牲を見せた。その献身、叙勲に値する。よって、その身の復活と仕官を許可するものである。」
「……はッ。ありがたき、幸せ!」

「嘉音くんッ、……よ、…嘉哉くんッ!! 嘉哉くんんん!! わぁああああああぁあああああぁ!!」
 朱志香が飛び出し、嘉音に胸に飛びついて泣きじゃくる。
 嘉音はやさしくその頭を撫で、抱き締めた……。
「家具として仕えるんじゃないぜ。人間として仕えるんだぜ。……そこの意味、理解してるよな?」

「…………はいっ。」

 泣きじゃくる朱志香を見てから、……戦人を再び見て、彼は力強く頷いた。
「そしてもう一組。右代宮譲治ッ、並びに紗音! 前へ!!」

「「はいっ。」」

 続いて、譲治と紗音が呼ばれる。

 二人はもう心の準備があったのだろう。堂々と歩み出て跪いた。

「右代宮譲治、ここに。」
「紗音、ここに……。」

「そなたらは、ゼパルとフルフルの試練を、見事最後まで耐え抜いた。その見事な功績と愛情、決意と高潔さは模範としてこの上なく、叙勲に値する。よって、両名の結婚証明書を、陛下の署名にて発行する!」
「「ありがたき、幸せッ。」」
「本証明書は何人たりとも異議申し立てすることは叶わない! 叙勲者親族一同は心して祝福せよ!!」
「っつーわけだ。しがらみは一切なしで、どうか二人に米粒の雨をぶつけて祝福してやってくれ。いよッ、おめでと! ご両人!」
 領主自らが手を叩いて祝福すると、それは聖堂全体に広がった。

 そして人垣の最前列の山羊の集団が、次々に仮面を取る…。
「……い、いいこと?! あんまりしょっぱいお味噌汁作ったら、許さないんだからね?! それから譲治は少し太りやすいから、砂糖は控えめにッ、」

「譲治! 男は結婚したらな。親より嫁を大切にせなあかん! 母さんが何を言ってもな、紗音ちゃんをしっかり守るんやでッ!」

「あぁ、当然さッ!!」
「譲治さん…!!」
「じょ、譲治はね、きっちり7時間寝ないと駄目なのよ! 夜更かしさせたら許さないんだからね!! 背中を流すのも耳の掃除も妻の仕事なのよー!!」

「そ、そうだったんですか…? わ、私としたことが…、」
「…し、仕事内容は家による……。」

「留弗夫さん、妻を大事にしてるゥ?」
「し、してるじゃねぇか…。何でそこ疑うんだよ…!」

「お幸せにね、ご両人。結婚はゴールじゃないわ。むしろスタートよ?」
「うーうーうー! おめでとーおめでとー!!」
「うりゅー!! おめでとぉおーーーー!!!」

「僕たちも、負けてられないですね。」
「へ、へへへへへ…!! ぜ、ぜってー負けねーぜ、畜生ぉおおおおおお!!」
 右代宮家一同も、そして使用人一同も、そして参列のあらゆる神霊も悪魔たちも、さらに盛大な拍手で叙勲者たちを讃えた…。
 これにて、………黄金の魔女によって紡がれる物語は幕を閉じる。

 最後は、碑文にて物語を結ぶのが良いだろう。

 以下は、黄金の魔女の碑文より、黄金郷の章。

 魔女は賢者を讃え、四つの宝を与えるだろう。
 一つは、黄金郷の全ての黄金。
 一つは、全ての死者の魂を蘇らせ。
 一つは、失った愛すらも蘇らせる。
 一つは、魔女を永遠に眠りにつかせよう。

 安らかに眠れ、我が最愛の魔女ベアトリーチェ……。
「……………………。……これで、ベアトは満足して、眠りについたってこと…?」

「そう解釈するのが妥当であろう…。」

「それで? ゲームはお開きになったから、お兄ちゃんは解放されるんでしょ? ……お兄ちゃんはどうなるの?」

「……さて、どうなるやら。………そのカケラの書物は、そこまでの物語しか記しておらぬようだ。」

「…………お兄ちゃんがどうなるか、結局、わからずじまいじゃない。………………。」
 ……別に、どうにもならない。

 お兄ちゃんたちは結局みんな、帰ってこなかった。
 黄金郷に至って、みんなで楽しく過ごしました。

 ……そう物語が語っても、……実際は、あの大事故で、………みんな、……死んだんだ…。
「でも、………色々と興味深いことが知れたわ。……あの島はやっぱり、………とんでもない幻想の島なのね。」

「まったくだ。……そして、そなたの朗読はとても素晴らしいものだった…。」

「……何だか、ぶっ通しで6時間くらい映画を見せられたような疲労感だわ。……疲れた。」

「右代宮縁寿。本当にご苦労だった。………我が退屈はそなたの朗読によって癒された。このフェザリーヌ、数えることも忘れて久しい年月ぶりに、心よりそなたに感謝するぞ…。」

「感謝するなら、私にも何か叙勲してほしいわね。」
「ふむ、何が良いか…。……少し時間をもらおう。考える。」

 フェザリーヌは揺り椅子に腰を下ろすと、のんびりと揺られながらそれを思案しているようだった…。
「……右代宮縁寿。本当にご苦労だった。……よくぞ最後まで朗読に付き合ってくれた。……これにて、我が巫女の任を解く。そなたは元の世界に戻り、そなたに与えられた運命を、再開するがいい。」
「やれやれ。……とんだ寄り道だった、って感じね。」

「拗ねるな。褒美は今、考えている……。……そうだな、たまには少し…。………いや、もうずいぶんと、やっていない。……壷のインクも干からびて炭になっていそうであるな……。」
 縁寿と八城の物語を巡る議論は、物語を読み終えても、長く続けられていた。

 それはとても真剣で、……熱のあるものだった。
 縁寿は、この物語がふざけた創作ではなく、……六軒島より、真実の一つを知らせるために12年前より再び流れ着いた、新しいボトルメッセージだと、認めていた…。

 そして、………この物語の語ろうとする真実を、彼女なりの見方で、見つけられたようだった。
 ……もちろん、それは、ある一つの真実であって、それをもって、彼女の旅が終わるわけではない。
 しかし、……こういう解釈もあってもいい。

 それだけで、彼女の12年の心の空白は埋まらないけれど。
 ……でも今は、……少しだけ余韻を、八城の淹れた苦い珈琲で味わっても良かった。
「……ありがとう。最後まで読んでくれて。……そして、あなたの考えと感想を、ありがとう。……きっと、一番最初の無限の魔女も、喜んでいると思います…。」

「………何だ、素直にそういうことも言えるじゃない。……最初っからそういう口調で喋ってれば、もっとファンも増えるんじゃない?」

「……あなたという、素晴らしい読者を讃えているだけです。……物言わぬ考えることも出来ぬ豚どもに読ませるくらいならば、あなたひとりのために原稿を記す方が、私に与えられた寿命という時間を、よほど有意義に費やせると言いたいだけ……。くす。」

「だから、そーいうことを言わなきゃいいのに。……ま、一応は褒められたと思っておくわ。………さて。」
 ものすごい、……長い長い時間を、ここで過ごしたような気がする。

 それこそ、……生まれてから今日までの時間の、何分の一かを過ごしたように感じるほどに。
 ……窮屈なはずの、他所の家のソファーなのに、……すっかり自宅みたいに馴染んでしまっていて、何だか不思議な気持ちだった。
 でも、時計は、ここで彼女と会ってから、せいぜい2〜3時間を回った程度だ。……時間の感覚が、とても不思議だった…。

「……お連れの方は、遅いですね……。」
「長電話かしら。男のくせに気持ち悪いヤツ。」
 小此木さんに定時報告とか言ってたっけ。

 電話を使っていいと言われたのに、わざわざ遠慮して、外の公衆電話を探しに行ったのだ。

 ……何でも、盗聴されたら嫌だから云々。ばかばかしいから、好きにさせておく。

「公衆電話って、遠いんですか?」
「通りに出て、ずっと下っていけば角のお店にありますよ。」
「これでお暇します。……これ、羊羹代にでも。」

「……そのお金をあなたに払ったら。また来て、私の新しい原稿を読んで、感想を聞かせてくれますか…?」

「……札束払ってまで、私みたいな可愛くない女に、原稿読んでほしいんですか?」

「いいえ。あなたは本当によい、よく考える読者だった。……あなたのような人を探すために、私たちは、物語を紡ぎ、世に放っているのです。」

「………褒め過ぎだわ。私は読書に感情移入しすぎるタイプなだけよ。」

「この短くない時間を割いてくれたお礼に。………いつかきっと、あなたの物語を書きましょう。」

「また、あんたの偽書に私が登場するの? ……今度はマシな殺し方を頼むわ。」
「……あなたは奇跡は、お好き?」
「ご都合主義? ……昔は嫌いだったけど、最近は大歓迎よ。ただ、口が肥えてるんで、ビルから飛び降りて無傷なくらいじゃ、もう奇跡には入れてないけど。」
「………では、そんなあなたが奇跡に思える物語を、やがて、いつか……。」
「どうも、……突然押しかけて、ひどいことばっかり言って、すみませんでした。」

「……いいえ、有意義な対談でしたよ。…編集局長さんに、またあなたとの対談をセッティングしてもらおうかしら……。」

「その機会がまたあるならね。シーユーアゲイン、ハバナイスディ。」

「えぇ、またいつか。……あなたの真実に辿り着けますように。」

「ありがとう。」

「もしあなたの真実に辿り着けたなら。………あなたの真実も、いつか物語にしてみて下さい…。」

「………あんたらの魔女仲間になれと? どうかしら。文字書くの苦手だし。良き読者が、良き執筆者とは限らないわよ?」

「いやいやまったく。私も、人の本はまったく読めませんし。」

「……やれやれ。じゃあ、これで。」
「あなたとはこれで二度と会わないだろうけれど。……いつかどこかで、別のあなたにまた会える幸運を、祈っています。」
「………………………。最後に一つだけ、聞いてもいい?」
「どうぞ…?」
「………物語の中に登場した、フェザリーヌって魔女。……あれは、あんたよね?」

「語るのもおこがましいですが、そのつもりです。」

「………………………。……こういう質問もおかしいんだけど、……その…。……………あんたがフェザリーヌなの? フェザリーヌがあんたなの?」
「……さぁて。……何の話やら…。」
 ミステリアスな彼女は、最後までミステリアスだった。

 ………こうして私は、記憶・・にない一日を終え、明日は、新島行きの船に乗る。
 彼女とはもう、二度と会わないだろう。

 しかしそれは、“私”が会わないという意味で、……他の私たちは、会うこともあるかもしれない。
 ……“私”が、いくつかの真実に辿り着けたように、彼女たちも、……辿り着けることを願ってる。
 さよなら、フェザリーヌ。

 ……マシな話が書けたら、また呼んでちょうだい。暇だったら、ひょっとしたら行くかもね……。
「お陰様で。こんな豪勢なエスコートは初めてですぜ。……小此木の旦那も招待したいくらいだ。」
「……遠慮すらぁ。もう俺は歳だ。飛んだり跳ねたりは卒業したぜ…。」
 天草の電話の相手は小此木だった。

 ……小此木も所在を転々としており、電話でさえ、なかなか捕まえられなかったのだ。
「こっちゃ、クールな旅をしてますんで、今んところ、飛んだり跳ねたりの必要はありません。」
「須磨寺霞が死に物狂いで探している。……情報屋の話じゃ、すでに六軒島への足まで用意させてるらしい。鉢合わせするぜ。」
「予定通り、ですかね。」
「……………せいぜい5〜6人前後のグループだろう。武装も恐らく拳銃程度。お前の敵じゃない。好きに暴れろ。だが確実に殺せ。……お前好みの玩具は用意できたか?」
「もちろん。旦那も、よくこんなもんが国内で手配できるもんだ。」
 天草の後ろには、偽名で借りたレンタカーがあり、……いつの間にか、真っ黒なゴルフバッグが積み込まれていた。
「須磨寺本家も了承済みだが、終わったらとっとと日本を離れろ。今度は成田でカップ麺を箱で買うのを忘れるんじゃねぇぜ。」
「へっへっへ、今度は気をつけますって。………ちょろい仕事です。」
「あと、…………例の件も、わかってるよな?」
「例の件…。………はて、何のことやら。」
「……すっ呆けやがって。……まぁいいさ。お前は何だかんだ言って、昔から俺の期待を裏切らない男さ。……お前さえ要領が良けりゃ、手を汚さずに済む。……いくらでもやりようがあるさ。」
「…………………………………。……へへっ、何の話か、わかりかねますぜ。」
「……縁寿ちゃんも可哀想な子なのはわかってんだ。……んならそうと、深窓の令嬢らしく振舞ってくれりゃいいんだが。……絵羽さん亡き後、俺たちは結束してくことで合意してんだ。……御輿は大事だが、……少々、よろしくない。世界平和のためにもな?」
「…………流れ次第、ってことですぜ。須磨寺の黒服が、マシな銃の撃ち方をしてくれりゃいいんだが。」
「…………………………。」
「ん? 何です、旦那。」
「……まさか、ほんの数日の逃避行で、縁寿ちゃんとデキちまったわけじゃねぇだろうな…?」
「ハッ。………あんな乳臭ぇ小娘に、…ご冗談を。」
「いや、俺は別にいいんだぜ…? お前もようやく、女にちょっかいを出すくらいには吹っ切れたってことじゃねぇか。……世界の半分は女なんだぜ。一人や二人で、うじうじしてたら身がもたねぇぜ?」
「…………………………。……おっと、噂すりゃ何とやらだ。お嬢が来ました。…………そんじゃこれで。新島の宿についたら連絡しますぜ。それじゃ。」
 縁寿が通りを歩いてくる。
 戻るまで待てと言ったのに、一人で戻ってきやがった。

 ……こういうお人じゃなけりゃ、長生きも出来るだろうに。

「……ずいぶん長電話だったのね。待ち疲れたからお暇してきたわ。」
「へへ。すみませんすみません。……お嬢はどうでした? 何か面白いことはわかりましたかい…?」
「面白かった。………収穫はそれだけよ。」
「ヒャッハ…! そいつぁクールだ。」
 天草が助手席の扉を開けると、縁寿は乗り込む。
 すぐに天草も運転席に回った。
「………んじゃ、港へ向かいます。旦那の情報じゃ、須磨寺家が網を張ってるらしいですぜ。」

「……………それに引っ掛かるようなら、私の運もその程度。……引っ掛からないなら、……六軒島は私を待ってるわ。……任せましょ、運に。」
「………運、か。」
「どうするか決めかねている時。あるいはどうでもいい時。……コイントスのように運命に身を任すのも、悪いことじゃないわ。」
「へへ。なら俺も、そいつに任せてみますかね。…………嫌いじゃねぇや、そういうの。」
「……ボディガードが運任せとか言い出したわ。サイアク。」
「旦那との電話のせいで、すっかりオチを読み損ねちまった。あの後、どうなったんですかい。聞かせて下さいよ。」
「嫌よ、教えないわ。」
「そりゃ残念。」
 坂の町を、車が走り抜けていく…。
 この車が八城の家に戻ることは、永久にない。
 だが縁寿に感傷はなかった。

 今はただ、……八城十八という、この時代の無限の魔女に与えられた、新たなボトルメッセージを、少し静かに吟味したかった…。
 バックミラーから、魔女の住む町の景色が遠ざかって消えていく。

 しかしそれは、縁寿の瞳には映っていなかった……。